2006年09月17日

年間第24主日

今日は年間第24主日(B年)。

第一朗読 イザヤの預言50・5‐9a
答唱詩編 詩編116
第二朗読 使徒ヤコブの手紙2・14‐18
福音朗読 マルコによる福音8・27‐35
「自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」

(一)わたしは、打とうとする者には背中をまかせた
(二)行いが伴わないなら、信仰は死んだものである
(福)「あなたは、メシアです。」人の子は必ず多くの苦しみを受ける

**

今日はとても人がいっぱいでした。敬老のお祝いがあったからかも。
席がなくて、「聖書と典礼」もなくなってしまっていてびっくり。
この教会にはこんなに所属している人がいたのね…

御ミサのなかで「病者の塗油」の秘跡が行われました。
隣に座ってる方に教えて頂いたところによると、
もともと重態・危篤・臨終間際で行うものらしいのですが、
神父様が仰るには、加齢で体の自由がきかなくなってきている方も含めどうぞ!
ということで、20人強の方が受けておいででした。
聖油には「洗礼」「堅信」「病者」の三種類があり、
それらはすべてカテドラルで聖別され、分けてもらう仕組みだそうです。
何で出来てる油なんだろう、全部違う種類なんだろうか…
今それが気になって仕方ありません。

***

さっきも書いたように今日は敬老のお祝いがありました。
婦人会の方々の手作りケーキとお赤飯、ゼリーと飲み物が用意され、
いくつか出し物をして楽しんでいただくプログラムが用意されていました。
私が参加させていただいてる聖歌愛好会も数曲披露させていただきました。

えらく緊張した…
普段舞台に立つことがあってもさほど緊張しないのですが、
観客が近くて音が拡散するので歌ってる実感がつかみにくくて
余裕がなくなっちゃいました…あと、歌詞を覚えきれてないのも影響。

…あぁ、御聖堂は本当にきれいに、よく響くんだなぁ…

****

十字架。
それがなんなのか、私にとって何を意味するのか。
自分の十字架を背負うとは、どういうことなのでしょう。
私にとってイエズス様とは誰なのでしょう。
私にとって信仰とは何か、どういうことか、行いとはどういうものなのか。
どれもまだ、分かりません。

だから、私にとっては今日の福音は(というかいつも)難解です。
でも、なぜか「自分には関係ない話だ」とは全く思えず、
「わからんし難しいからやーめた」とはこれっぽっちも思わないので、
御ミサに通い続け、講座にも通い続け、勉強を続けていくのでしょう…
そのわからないことの端緒がひらけはじめるのがわかったとき、
それが洗礼の時かもしれません。それは私が決める「時」ではなく、神様の決める「時」。
だから、もしそうなるのであれば、そうなる「時」を静かに待とうと思います。

御聖堂の十字架とイエズス様を見つめて、いつもそう思います。
posted by 和泉 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(1) | いつものミサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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